お腹が空いたから買い出しに行く、と出ていったリヒトが帰ってくるなり、じゃーん、と持っていたビニール袋から一つの膨らんだ紙袋を取り出した。 「急に寒くなったからさ」  茶色の素朴な紙袋にはサツマイモの絵と、筆文字で『焼き芋』と大きく書かれている。  ジョーカーはそれを受け取るが、思っていたよりも熱く一瞬取り落としそうになる。 「スーパーの入り口でいい匂いさせてたんだよね」  ソファに座ったリヒトは、ビニール袋をローテーブルに無造作に置き、千切りにされている袋入りキャベツと輪ゴムでとめられた透明のパック入りの焼き鳥を並べていく。 「袋に入ってんのか。新聞で包んでるモンかと思ってたわ」  ジョーカーは紙袋から出した焼き芋を二つに折り分け、少し小さい方をリヒトに手渡した。 「もしかして、焚き火の焼き芋かな?スーパーの焼き芋は焚き火の焼き芋と作り方が違うから新聞紙なしでも美味しく焼けるんだよ」  ありがとう、と受け取ったときにはジョーカーは既にもう片方に齧り付いていた。 「へぇ」 「最近のスーパーはみんな遠赤外線の焼き芋器を導入してるから、そのおかげでじっくりゆっくり焼ける。それに対して焚き火の焼き芋は火力が不安定、サツマイモ表面の温度が上がりすぎないようにと、水分の確保のために新聞紙とアルミホイルを使うんだ」  ばくばくと皮ごと食べ進めていたジョーカーは、最後の尻尾の硬い部分を見つめて静かに口を開いた。 「バーンズがよォ」 「うん」 「よく焼き芋差し入れてたんだよ、新聞で包んだやつ、俺達に」  ひょい、と尻尾を口に放り込む。 「じゃあ思い出の味だ」  話しながらジョーカーが割った切り口から皮を丁寧に剥いていたリヒトはようやく一口、山吹色の部分を口にする。 「たかが芋だが、十分ご馳走だった。甘いし、メシはいつでも全然足りなかったからな」  皮を剥きつつはふはふと焼き芋を食べながら、リヒトは曖昧な相槌を返す。  「それに、新聞がただの古新聞じゃなくて、全部その週のこども新聞なんだよ」 「わざわざ?」 「しかも、芋を包んでた新聞を全部集めると、一面から最終面までぴったり揃う」  ジョーカーは合わせた両手を広げ、新聞を開くジェスチャーをしてニィっと笑った。 「情報も思想も制限されてて本も持ち込めない$\overset {\tiny \textsf{ネザー}}{\footnotesize\textsf{地下}}$で得られる唯一かつ最新の情報、ってワケだ」  統制を取るために、情報の制限は有効な手段だ。逃げるという発想すらできなくしてしまえばいい。繋ぎ役のバーンズだからといっても、持ち込みは厳しく制限されていた。 「それに気づいてからはゴミ集めて捨てておくって名目で全員分集めて、保管しておくわけにもいかねェから集中して読んで頭に叩き込んだ。生憎、字が読めて興味があるのは俺だけだったからな。集めるのは楽だった」  だからなのか、季節問わず一年中バーンズは焼き芋を差し入れてきていた。 「あの頃はラッキー、くらいにしか思ってなかったが、バーンズは芋のついでに俺狙い撃ちで上の情報くれてたんだろうな」  情報を伝えるものの形をしていなければ持ち込んでも問題ないと気づいたバーンズが、52であれば気づくだろうと毎週、何かの理由をつけて新聞を取って、巻いて、芋を焼いて。  「こども新聞だから難しい表現もないし漢字は全部ふりがながあるし、ひらがなとカタカナくらいしか識字できなかった俺一人でも十分読めた。だんだんと読める字が増えて、わかる単語が増えて、読むスピードが上がった」  文字が読めることが楽しかった。$\overset {\tiny \textsf{ネザー}}{\footnotesize\textsf{地下}}$からじゃ見えないはずの世界のことが見えるようになった。自分の考えを持つようになった。 「それって、」  知恵も知識も教養も与えたかった。だがそれ以上に、識ること、解ること、考えること。その体験と喜びを、ジョーカーに与えようとしたんじゃないか。 「……バーンズ大隊長が君に渡したかったものは、焼き芋でも新聞でもなかったのかもね」 「俺としては、焼き芋も新聞もありがたかったけどな」  リヒトは硬い尻尾を残すように齧りつき、剥いていた皮と一緒に紙袋に包んだ。 「ねえ、あの頃食べた焼き芋と比べて、今日のはどうだった?」 「バーンズの芋は冷めてたしこんなに甘くも柔らかくもなかったからな。今日のほうが絶対美味い」  焼き芋っつーかふかし芋だったな、とジョーカーはおどける。 「なぁ、今度焚き火でやろうぜ。新聞とホイルで包んで」 「いいけど、買ったやつの方が絶対楽で美味しいと思うよ?」 「いいんだよ」  ジョーカーは誤魔化すようにニッと笑う。 「なァ、まだある?」 「あるよ」  リヒトもニッと笑い、ビニール袋から芋の絵が描かれた紙袋を二つ取り出して一つをジョーカーに渡した。


先ずアイより始めよ

これの仲間みたいな話でした。

バーンズが生きるための全部を与えてると思っているのでこういうのばっかり考えてる気がする。

焼き芋の季節になるまで温めてた。

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