「バーンズ、他に洗うもんねェか〜?」  ベッドシーツ、ソファのカバー、果てはカーテンまで。バーンズとジョーカーが住む一軒家の布という布は、引き剥がされてジョーカーにこんもりと抱えられていた。 「一度に洗えるのか?」  ジョーカーの腕からはみ出し床にこぼれ出ていたレースカーテンを拾いながらバーンズは訊く。洗面にある縦型の洗濯機は二人暮らしにしては大型のものを揃えてはいるが、それらを一度に洗おうとしたらどう考えたって荷が重すぎる量だ。 「何回かに分けるからいけるだろ」  ジョーカーはニッと笑う。そこまで洗濯が好きであるということは聞いたことがない。ただ、一人で暮らしていた時期が長いからか一通りの家事はそつなくこなしている印象だ。  鼻歌でも漏れ聞こえそうな足取りでジョーカーは洗濯機のもとへと向かう。床にどさ、と抱えていた布たちを落として、運転が止まっている洗濯機の蓋を開けた。 「おっ、できてるできてる」  滴らないが濡れている布を引き出して、どんどんバーンズに渡していく。これはベッドシーツだ。空になった洗濯機に先程抱えていたレースカーテンを入れると、ジョーカーは洗剤を入れて蓋を閉め、スイッチを入れた。 「サンキュ」  バーンズに持たせていたベッドシーツを受け取って、リビングの掃き出し窓から庭に出る。物干し竿は洗濯済みの服でいっぱいだ。そのため、物干し竿から庭木の間にロープを張って、臨時の物干し場ができていた。 「うわ、もう乾いてる」  弾んだ声でジョーカーが言った。先に干していた服などや日常の細々としたものは、快晴も快晴の陽気ですっかり乾いている。あとで早いとこ取り込んじまおう、とジョーカーは目元をゆるめる。 「バーンズ」  ジョーカーはロープの前に立って、そっち持ってくれ、そう顔だけバーンズに向けた。バーンズはああ、と頷いてシーツの片端と思われる箇所を持つ。ばさばさとシーツを振ってさばいて大体の形を把握する。ジョーカーは投げるようにしてロープにシーツをかけた。バーンズは片端が地面につかないように支える。  「いいぜ」  バーンズは手を離し、角がひっかからないようにしながら反対側にまわる。太陽は雲に隠れることなく真っ青な空で笑っているが、風があるからか体感はそこまで暑くない。シーツを広げているジョーカーの背中がある。楽しそうに真っ白なシーツを広げるたび、ゆるくまとめられたつややかな黒髪が揺れる。光が透けてもくろい、美しい髪だ。 「どーした?ジジィ」  バーンズの視線に気づいたのか、 ジョーカーが振り返った。 「随分と楽しそうだが、洗濯が好きなのか?」 「んー?あー……」  ジョーカーはポケットから洗濯バサミを出してシーツを留め、服を順番に取り込みはじめる。バーンズも物干し竿の反対側の端から衣服を集めていく。 「外に干すの、夢だったんだよなぁ」  紫の瞳が細められる。楽しいとも嬉しいとも違う、安堵の感情の大きい笑みだ。  外に洗濯物を干す。それだけのことが、夢に、叶えるために努力が必要なことになってしまうような環境にジョーカーはいたのだ。だが、もう影に怯えなくても暗闇に紛れなくてもいい。太陽の表現は変わってしまったが、こうして今度こそ平等に照らしてくれている。  よ、とリビングにあがり、お互い腕いっぱいに抱えている洗濯物を床に下ろす。 「他に夢はあるのか?」  乾いた服をハンガーラックにかけながらバーンズが訊いた。 「他?」 「洗濯物を外に干すのが夢だったのだろう。他にはあるか?」 「あー……」  タオルを四つに折ってくるくる巻く。くるくる。くるくる。くるくる。 「旅行?」 「ほう」 「たまにはあんたがいないどこかに、」  冗談めかしてそう言いかけて、ジョーカーは言い淀む。この男は冗談を冗談ととれないことがある。特に自分以外の感情に関しては。 「……ジョーダン。一人じゃババ抜きすらできねェからな」 「同行しても?」 「どうしてもってンなら仕方ねェな」  靴下の右と左をあわせながら、ジョーカーは笑った。 「どこへ行こうか」 「さぁな」 「行きたいところがあるんじゃないのか?」 「あ」  洗濯機が二人を呼んでいる。次はレースカーテンが外に干されるのだ。ジョーカーはタオルと靴下とその他をいつもの居場所に戻すと、軽い足取りで洗濯機のもとへと向かう。バーンズも遅れてそれを追う。レースカーテンは二人で運び出して、物干し竿にそれをかける。  風が一段、強く吹いた。レースカーテンとシーツがひるがえる。 「さっきの、旅行じゃなくても」  ふたりが舞い上がる白に隠れた。バーンズは風になびくカーテンを押さえようとしたが、ジョーカーはそれを制する。両腕をバーンズの首にまわし、ジョーカーが至近距離でニッと笑う。 「あんたとだったらどこでもいいぜ」  バーンズは返事とばかりに、ジョーカーの唇に触れるだけのキスをした。降り注ぐ陽光がシーツにふたりの影をつくる。  風が止む。シーツとカーテンはふたたびそよそよと控えめにぶら下がるだけになった。いつのまにか二人は離れ、バーンズはカーテンの端をおさえ、ジョーカーはシワをのばしている。 「あとは、カーテンとソファカバーか」 「この感じなら乾くだろ」  二人だけの世界のちいさなキスのことは、ふたりしか知らない。


バンジョカを書く!書きたい!書きます!って書いたやつ。