「あんた、本当にバーンズか?」  そう、年端もいかない黒髪の少年から声をかけられたのは、第1特殊消防隊中隊長のカソックを身にまとった男だった。 「本当にあんたなら、俺のケツにいくつホクロがあるか、分かるよな?」  世間のバーンズに対する印象に、子供の尻のほくろの数を覚えているイメージはない。だが、少年にとってのバーンズとは、文字通り尻の穴まで知られている相手だった。  少年は警戒していた。男はレオナルド・バーンズを名乗り聖陽の影の根城であるこの$\overset{\tiny\textsf{ネザー}}{\footnotesize\textsf{地下}}$に足を踏み入れていたが、少年はどこか違和感を覚えていた。 「52、何を言っている。お前の臀部に黒子などないだろう」 「……バーンズなのか」  バーンズに52と呼ばれた少年は、その答えを聞き警戒を解いた。 「なぜ私ではないと判断した?」  すらすらとこの回答が出るのはバーンズ本人だけだ。それなのに。 「知らないにおいがする」  バーンズのいつもの匂いと、鼻の奥に引っかかるのに草みたいな、重たい匂いが僅かに混ざっている。  すんすんと鼻を鳴らしてバーンズのまわりを一周する。一番強く匂いがするのは背中だった。 「あ」  動くなよ。52は背伸びをしてバーンズの襟足に手を伸ばす。色素のない髪に、橙色の小さな欠片が引っかかっている。潰さないようにそっとつまむと、52はそれを鼻先に近づけた。一欠片ですら強い匂いを放っている。 「これだ、」  ずい、と欠片をつまんだままの手をバーンズの顔の前に持っていくと、その手首を取られた。そのまま、バーンズは52の手にある欠片に鼻を近づける。軽く目を閉じ、すう、と匂いを嗅ぐ。 「金木犀だな」  薄く目を開けたバーンズが無意識に頬を緩ませた。瞬間、見惚れた。僅かに見せた柔らかい表情に、キンモクセーって何だ、と質問することすら忘れてしまう。 「これは、金木犀という木がつけた花だ。秋に花を咲かせる。花はこのような、強く甘い香りを漂わせる」  どこかで枝に触れて落としてしまっただろうか、とバーンズがケープを肩から下ろすと、ぱらぱらと鮮やかな橙色が落ちてきた。首の後ろ、ケープの襟のあたりに入り込んでいたらしい。バーンズはケープを腕に掛けると、地面に片膝をついて花を拾っていく。52はバーンズの肩や髪に残る橙色を集め、左手に乗せた。 「取ってくれたのか。ありがとう」 「バーンズ、これ」  52が手の中の花たちを差し出すと、バーンズの手の中にあったものが追加された。成長途上の左手では溢れそうなほどの量になって、52は咄嗟に両手で器を作る。 「いらないのか?」 「それがあると、お前に私だとわかってもらえないのだろう?」 「……そうだ、けど」  意味が分からず橙の花をじっと見ていたら、そっと頭を撫でられた。バーンズはすぐに隊長に呼ばれ、立ち尽くす52のもとを離れていく。 「キンモクセー、っていうのか」  手の中に、バーンズの熱がまだ残っているような気がする。$\overset {\tiny \textsf{ネザー}}{\footnotesize\textsf{地下}}$にはない、鮮やかすぎる橙。  52は両手に顔を埋めるようにして匂いを嗅いだ。これが、秋の、甘い匂い。すぅ、と鼻から息を吸うと、思ったよりも強い香りが通り抜け、甘さが鼻の奥に引っかかる。 「……秋のにおい」  くらくらした。


道端で金木犀を見つけた記念

戻る