直径十センチほどの白い丸が隙間なく並んでいる。それは、小麦粉でできた円形の薄い皮だった。ダイニングテーブルに直接食品用ラップが敷かれ、天板を覆い尽くすように皮は並べられている。 「っし、やるか」 髪を低い位置でまとめて腕まくりをしたジョーカーがダイニングチェアに座り、座面を引いてテーブルに近づけた。それを合図に、ステンレスボウルを抱えたバーンズがジョーカーの隣に立つ。ボウルからひき肉とニラ、たっぷりのキャベツが入ったタネをスプーンで掬って皮の上に順番に乗せていく。ジョーカーはタネの乗った皮を左手に乗せると、近くに置いていた小皿に指を入れて水で濡らし皮の端をなぞった。手で包み込むようにしてから器用にひだをつくり、あっという間に一つの餃子が包み上がる。 「いつ見ても見事なものだな」 「だろォ?」 ジョーカーは手のひらにちょこんと餃子を乗せてみせる。市販品と並べたら粗は目立つが、家庭での手包みでここまでできれば上等だろう。 「ヒダつくるのは練習するしかねェけど、基本はタネの量と皮のバランスなんだよ。多すぎるとはみ出るし、少なすぎても美味くねェし」 ジョーカーは平皿の上、包み終わった餃子の列に手のひらの餃子も並べると、新しいタネと皮を手にする。バーンズも黙々とタネを落としていく。 部屋に吹き込む風がレースカーテンを揺らす。壁の時計の秒針とボウルが当たったスプーンだけが音を立てる。それだけの中で、会話もなくただ餃子を包む。だが、話題を探しているわけではない。あえて黙っているわけでもない。その空間への居心地の悪さなどなく、ただ、餃子を包む。 「ラスト」 ジョーカーが最後の一つを包み終える。ぐ、と伸びをしてから首を回し、肩周りも動かす。 「足りるだろうか」 バーンズが抱えているボウルの中身をジョーカーに見せる。ジョーカーは立ち上がって包み終えた餃子にラップをかけた。 「微妙だな。なんか他のも包もうぜ、チーズとかあったろ」 ケチャップ塗ってピザにしてもいいな。そう言いながらジョーカーが餃子の皿を冷蔵庫に入れる。 「お、ツマミのチーズ余ってんな」 冷蔵庫をあさり餃子の皮に包むものを物色しているジョーカーを横目に、バーンズは新しいパッケージを破り開けて皮を取り出し、テーブルに隙間なく並べていく。 「っし、来い」 机の空きスペースにキャンディチーズを置いたジョーカーがテーブルにつく。バーンズは再びボウルを抱えた。ジョーカーは一枚の皮にチーズを置く。その上にバーンズが控えめにタネを落とした。一つ目を手に取り、ジョーカーがあっという間に餃子の形にする。 「お、この量で頼むわ」 「わかった」 再び、タネが落とされる。ジョーカーはそこに包みから出したキャンディチーズをそれぞれ埋めながら包んでいく。しばらくそうして具を増やしたものを包んでいたが、チーズが無くなったためプレーンな餃子に戻った。 バーンズがボウルの中身をかき集めて最後の一つの皮にタネを落としきる。他と比べれば少し少なめだが、餃子としては十分な大きさだ。空になったボウルとスプーンはシンクで水に沈め、バーンズはそのままスポンジを手に取った。 スポンジに水を少し含ませて泡を立てると、シンクに置いたままの食器を一つ取り泡だらけにした。バーンズの手によって食器は次々に洗われてシンク横のカゴに行儀よく入れられていく。 シンクに当たる不規則な水の音を聞いていると、なんとなく肩の力が抜けるとジョーカーは思った。自分以外の誰か。その存在自体に安心感を覚える誰かがそこにいると、見ずともわかる。それが心地よくて、ジョーカーは不思議と餃子を包むことに集中できていた。 テーブルの上から白い丸がなくなった。ジョーカーは焼かれるのを待つ餃子たちをキッチンに移動させてからテーブルに敷いていたラップを回収し、水の入った小皿をシンクに置いた。ボウルを洗い終わったバーンズは小皿も洗った。 油を熱したフライパンに、ジョーカーが餃子を並べていく。フライパンが餃子で満たされると、ジョーカーは火力を最大にした。熱された油とフライパンが餃子の底面を焦がしていく。 「料理をしている音というものはどこか安心感を覚えると思っていたが、」 カゴで水を切ってあった食器を布巾で拭いていたバーンズの手がふと止まる。 「お前がそこにいるという証だからなのだろうな」 「火つけたままどっか行ってるかもしれねェぜ?」 ジョーカーは手元を見たままからかうように返す。 「そういうときは火を止めるか私を呼ぶだろう?」 「随分信用してんだな、俺のこと」 「信頼している」 「そりゃどーも」 ある程度餃子の底面に焦げ目がついたところで、ジョーカーは蛇口から直接計量カップに水を注ぐ。測られた様子のない水は鍋肌から一気に注がれた。これが水溶き片栗粉であれば羽付き餃子になるが、そこまではやらないらしい。油と水とが混ざらずパチパチと跳ねる。餃子はすぐにガラス製の蓋で隠された。 低い位置でまとめられた髪、エプロンの結び目が揺れる背中。食器を片付け終わったバーンズは、キッチンから離れることなく餃子を焼くジョーカーを見ている。監視でも注視でも観察でもない。ただそこにいる姿を眺めていた。 「よし」 ジョーカーが蓋を開けるとフライパンがたてるジュウジュウという音が大きくなった。火を止めてフライパンを持ち上げ、鍋肌からすべらせ流し込むようにして平皿に餃子を盛る。ジョーカーは空になったフライパンに再び油を敷き、生餃子を並べて強火にかけた。 「さっき、なんかエロい目で見てただろ」 ニンマリ笑ったジョーカーが振り返ってバーンズを見た。焼き上がった餃子の一つが菜箸でつまみ上げられた。それが口元へやってくると、バーンズは当然のように口の中へ迎え入れた。 「ジジィのえっち」 からかうようにそう言われても、口の中に餃子が入っていてはバーンズも何も言い返せない。しかし、キッチンに立つその背中にわずかな劣情を抱いていたから、否定する必要もなかった。 焼きたての熱を逃がしながら柔らかで香ばしい皮を歯で引き裂く。あふれ出る肉汁、ひき肉と野菜。その奥に、やわらかな食感とまろやかな塩味。チーズ入りだ。 「美味い」 バーンズが餃子を嚥下しそう言うと、ジョーカーはニッと笑った。ジョーカーがバーンズの口に餃子をもう一つ押し込む。はふはふと熱を逃がしながら咀嚼するバーンズを見て、ジョーカーは目元を緩めた。
どうしても餃子を包んでほしかった。